必勝歌(1945年、松竹京都)| 巨匠「溝口健二」特集

「溝口健二」特集

太平洋戦争末期の1945年、情報局が制定した国民歌「必勝歌」の宣伝を目的に、松竹が総力を挙げて製作した戦時映画。溝口健二、田坂具隆、清水宏、マキノ正博らが演出に参加し、佐野周二、上原謙、田中絹代、高峰三枝子ら当時のスターが出演している。全13篇からなるオムニバス作品で、前線の兵士たちが故郷へ思いをはせる場面を軸に、銃後の家族、市民の防空生活、結婚、出征する者と見送る者など、戦時下を生きる人々の姿を描く。情報局による戦意高揚映画である一方、敗戦直前の日本社会の空気や、人々の日常と家族への思いが記録された作品でもある。

これまで戦時中の映画は情報局から資金が入ってもプロパガンダを感じなかったが、本作はそうではない。全国から募集した愛国歌の一等入選作「必勝歌」を映画化し、特攻を美化している。清水宏、牧野正博、田坂具隆、そして溝口を含めた4人の監督によるオムニバス13篇で、溝口担当箇所はわかりやすい。映画終盤には強烈な印象が残るが、まぁそういう時代だったということで、好みの映画を撮らせてもらえなかった。

溝口が一貫して描いてきた人間の犠牲や献身という主題は認められるものの、本作ではそれが国家への奉仕という戦時下の思想に結びつけられてしまった。

農家の親子を通して描く日常と国家への献身

溝口が担当したエピソードでは、雪国の農家で暮らす老夫婦と息子の姿が描かれる。長男は特攻隊員としてすでに戦死しており、次男は軍需工場で働いている。父親は息子に仕事を優先するよう諭し、自らも雪で立ち往生した列車を動かすため、村人たちと除雪作業に出かける。

ここでは、家庭内の何気ない会話や親子の気遣いが、国家への献身という思想へと結びつけられていく。家族の健康を心配する息子に対し、父親はそれぞれが自分の仕事に全力を尽くすことが勝利につながると説く。

日常生活の描写から人物の価値観を浮かび上がらせる構成には、溝口作品との共通性を見いだすことができる。しかし、本作では人物の内面に潜む葛藤よりも、国家に尽くすことの正当性が明確に示されている。

個人の犠牲を集団の美徳へと転換する演出

溝口作品では、誰かのために自らを犠牲にする人物が繰り返し描かれてきた。『残菊物語』のお徳に代表されるように、献身する人物の苦悩を見つめることによって、社会制度や人間関係の矛盾が浮かび上がる。

しかし『必勝歌』では、その献身が疑問を挟む余地のない美徳として扱われている。長男を戦争で失った両親の悲しみは掘り下げられず、父親は自らの身体を顧みずに除雪作業へ向かう。

このような描写は、個人の犠牲を国家の勝利に必要な行為として肯定するものであり、溝口が得意とする、献身の裏側にある人間の苦悩を描く演出とは性格が異なる。

人物の動作と労働を中心とした場面構成

農家の室内での仕事から、屋外での除雪作業へと展開する構成は、人物の行動そのものによって勤労と奉仕の精神を表現するものとなっている。

特に、家族の生活を維持するための労働と、国家のために行われる共同作業とが連続して描かれる点が特徴的である。個人の生活と国家の要求との境界が曖昧になり、あらゆる労働が戦争への協力として意味づけられていく。

演出上注目すべきなのは、日常の労働を国家への奉仕へと結びつける構成そのものである。

記録映像と劇映画を組み合わせた戦意高揚の演出

作品全体では、俳優による劇的なエピソードと、戦場や軍需工場、兵士の行進などを捉えた記録映像が組み合わされている。前線の兵士が故郷を思い浮かべるという構成によって、離れた場所にいる兵士と国民の生活が一つの物語として結びつけられる。

終盤には軍隊の進軍や特攻隊の出撃などの映像が挿入され、国民歌の合唱によって戦意高揚へと導かれる。

こうした記録映像と劇的な場面を結びつけるモンタージュは、長回しや人物と空間の関係を重視する溝口本来の演出とは異なる。ただし、これらは映画全体の構成に関わるものであり、溝口個人の演出とは区別する必要がある。

溝口本来の演出様式との相違

『必勝歌』は、溝口のフィルモグラフィーのなかでも異質な作品である。『残菊物語』や『元禄忠臣蔵』では、長回しや緻密な画面構成によって人物の心理や人間関係を描き出していた。しかし、本作では戦争への協力という結論があらかじめ定められており、人物の行動もその思想に従って構成されている。

特に興味深いのは、溝口が繰り返し描いてきた自己犠牲という主題が、本作では国家への献身を正当化するために用いられていることである。

それまでの溝口作品では、犠牲になる人物の悲劇を見つめることによって、その背景にある社会の矛盾が浮かび上がっていた。しかし『必勝歌』では、犠牲そのものが称賛の対象となっている。この違いは、作品の思想だけでなく、人物の感情や行動をどのように描くかという演出の方向性にも関わっている。

ただし、その違いをすべて戦時下の製作環境による制約として説明することはできない。溝口自身も監督の一人として作品に参加しており、国策映画の製作に関わったという事実は、彼の映画作家としての歩みを考えるうえで重要である。

戦時下における溝口演出の変質

『必勝歌』は、敗戦まで半年を切った1945年2月に公開された。戦況が悪化するなかで、国民にさらなる忍耐と献身を求める作品であり、映画が国家の宣伝手段として利用された時代を象徴している。

溝口が担当した農家の親子のエピソードには、家族の生活や人間の献身を描くという、従来の作品との共通性が認められる。しかし、そこでは個人の犠牲が問い直されることなく、国家への奉仕として肯定されている。

『残菊物語』や後年の『西鶴一代女』『山椒大夫』では、社会制度によって犠牲を強いられる人間の悲劇が描かれる。それに対して本作は、国家のために犠牲になることを美徳として描いている。

『必勝歌』は、溝口が得意とする献身や自己犠牲という主題が、戦時下の国策的な思想に取り込まれている。 彼の作品に一貫して存在する主題が、時代や製作目的によっていかに異なる意味を持ち得るかを示している。

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