東京行進曲(1929年、日活太秦)| 巨匠「溝口健二」特集

「溝口健二」特集

『東京行進曲』は、菊池寛の小説を溝口健二が映画化した無声映画。東京で貧しい生活を送る娘・道代は、家計の困窮から芸者となり、折江と名乗る。やがて裕福な家の青年たちから愛を寄せられるが、彼女の出生にまつわる秘密が、その恋を揺るがしていく。近代化する東京を背景に、貧富の隔たりと、境遇に翻弄される女性の運命を描く。

すでにトーキーの時代に入っていて、そうする予定だったがゴタゴタが続いてサイレントになってしまった。溝口47本目くらいの映画だが、まともに現存する2作目くらいと思われる。

物語は超コテコテなんだけど、当時はそうでもなかったんだろうか。この映画はヒットした説とコケた説があってよくわからないが、いろいろ調べるとたぶんヒットしたと思う。

特徴

後年の溝口作品を特徴づける長回しや移動撮影が確立される以前の作品であり、比較的細かなカット割りやクローズアップ、モンタージュを積極的に使用している。特に、都市の風景を利用した階級社会の表現や、人物の位置関係によって貧富の差を視覚化する演出が特徴的である。冒頭シーンの列車と街の多重露光はルットマンや同時代の旧ソ連映画のようで、構図的にかなり意識して撮影している箇所は多い。

公開当時は約101分の作品だったが、現在確認できるのは22分の短縮版や、29分の復元版などに限られる。そのため、映画全体の演出については断定できず、現存する映像を中心とした評価が必要である。

都市の風景を利用したモンタージュ

の冒頭では、東京の街並みや行き交う人々、路面電車などが映し出され、近代都市の活気が描かれている。

道路を行き交う人々や交通機関の動きを、異なる視点から撮影した映像によって構成し、東京という都市そのものを印象づけている。

こうした都市の描写は、当時のヨーロッパで発展した都市交響曲映画や、ソ連映画のモンタージュ理論との共通性が指摘されている。

人物の動きを長回しで見つめる後年の溝口とは異なり、本作では複数のショットを組み合わせることで、都市の活気や社会の変化を表現しようとしている。

また、華やかな都市の風景と貧しい人々の生活を対比させることによって、近代化の恩恵が必ずしもすべての人間に平等にもたらされていないことを暗示している。

こうした社会的な視点とモンタージュ表現は、同年に製作された『都会交響楽』へと発展していく。

高低差によって表現された貧富の格差

本作の演出で特に印象的なのが、裕福な青年・良樹と貧しい女性・道代が出会う場面である。

良樹たちは高台にある立派な屋敷のテニスコートで遊んでいる。一方、その下には貧しい人々が暮らす長屋があり、道代もそこで生活している。

テニスのボールが塀の下へ落ちると、道代はそれを拾い、上にいる良樹たちへ投げ返そうとする。しかし、金網に阻まれ、何度投げてもボールは戻ってきてしまう。

この場面では、社会的な階級の違いが、そのまま空間の高低差として表現されている。

高い場所で余暇を楽しむ富裕層と、その下で貧しい生活を送る女性。二つの世界は金網によって隔てられ、簡単には行き来できない。

また、溝口は高台と崖下を切り返しによって交互に見せることで、両者の社会的な距離を強調している。

貧富の格差を台詞によって説明するのではなく、建物の位置や地形、人物の動作によって直接見せるところに、本作の優れた演出が認められる。

このような空間を利用した社会的な関係の表現は、後年の溝口作品にも通じる重要な特徴である。

クローズアップと切り返しによる演出

後年の溝口作品とは異なり、クローズアップや人物の視線に合わせた切り返しが積極的に用いられている。

テニスコートの場面でも、高台から道代を見下ろす視点と、道代から高台を見上げる視点が交互に示される。

こうした編集によって、人物同士の視線が結びつけられると同時に、社会的な上下関係が強調される。

後年の溝口は、カメラを人物から遠ざけ、長回しの中で人間関係を表現するようになる。しかし、本作の現存する映像では、カット割りによって視点を切り替えながら、人物の心理や社会的な立場を描いている。

また、俯瞰撮影や人物への接近など、カメラ位置の変化も比較的大きい。映像表現には、1920年代のサイレント映画に見られる技巧的な特徴が残されている。

ただし、現在の短縮版には編集によって失われた部分が多いため、公開当時の作品全体について長回しが少なかったと断定することはできない。

障子や建築空間を利用した人物配置

障子や室内の仕切りを利用して、人物の位置関係を変化させる演出も見られる。

道代が芸妓となり、折枝という名前で働くようになってからは、彼女をめぐる男性たちの関係が複雑になっていく。

その際、人物を障子の手前と奥に分けたり、画面の一部に姿を隠したりすることで、人物同士の心理的な隔たりを表現している。

うした手法は、人物の感情を直接的に説明するのではなく、画面内の空間によって人間関係を表現するものである。

後年の『残菊物語』や『元禄忠臣蔵』に見られるような、建築空間と人物の動きを一体化させる演出の萌芽が、すでに認められる。

写真を利用した視覚的な物語表現

写真が登場人物の関係を結びつける重要な小道具として用いられている。

良樹はテニスコートで出会った道代の姿を写真に残し、その写真を懐中時計に入れて持ち歩く。

その後、芸妓となった道代と再会した際にも、その写真が二人の過去の出会いを思い起こさせる役割を果たす。

さらに、物語の終盤では、良樹が道代の写真を収めた懐中時計を佐久間に渡すことで、二人の関係に一つの区切りがつけられる。

ここでは写真が、単なる人物の記録ではなく、過去の記憶や恋愛感情を象徴するものとして機能している。

写真の受け渡しによって人物の感情や関係の変化を示す演出には、台詞に依存しないサイレント映画ならではの特徴がある。

ただし、最初の出会いで偶然写真が撮影され、それが後の物語に重要な役割を果たすという展開には、脚本上の作為も感じられる。

流行歌と映画を結びつけた演出

当時流行していた「小唄映画」と呼ばれる形式で製作された作品でもある。

主題歌「東京行進曲」は、西條八十が作詞、中山晋平が作曲し、佐藤千夜子が歌って大ヒットした。

映画自体はサイレント作品だが、主題歌は上映時に映画館で演奏されることを想定して製作されていた。

このような映画と流行歌の結びつきは、当時としては新しい娯楽の形であり、映画の観客とレコードの聴衆を相互に結びつける役割を果たした。

興味深いのは、映画の内容が貧しい女性の悲恋を描いているのに対し、主題歌には近代都市・東京の華やかさや享楽的な雰囲気が表れていることである。

この対照からは、都市の発展がもたらす明るい側面と、その陰にある人間の悲劇という、本作の二面性を読み取ることができる。

溝口は翌1930年の『藤原義江のふるさと』でトーキー映画に取り組むことになるが、本作は映画と音楽の関係を模索した先駆的な作品としても位置づけられる。

女性の犠牲と階級社会への批判

本作の中心には、後年の溝口作品にも繰り返し現れる、女性の犠牲という主題がある。

道代は貧しい生活の中で育ち、家族の経済的な事情から芸妓となる。やがて裕福な青年・良樹と恋に落ちるが、彼の父親がかつて自分の母を捨てた男性であることが判明する。

二人は異母兄妹という関係にあり、恋愛を成就させることができなくなる。

ここでは、父親の過去の身勝手な行動が、次の世代の女性の運命まで左右している。

さらに、男性には経済的な豊かさや社会的な自由が与えられている一方、道代は自らの生活を守るために芸妓となる以外の選択肢を十分に持っていない。

こうした構造には、女性の運命が男性の経済力や社会的地位に左右されるという、溝口が生涯にわたって描き続けた問題意識が認められる。

ただし、本作では社会制度への批判よりも、偶然の血縁関係によって引き裂かれる男女の悲恋という、メロドラマ的な性格が強い。

1936年の『浪華悲歌』や『祇園の姉妹』のように、女性自身が男性中心社会への怒りを明確に表現するところまでは至っていない。

本作は、女性の悲劇を描く伝統的なメロドラマの形式を取りながら、その背後にある経済格差や男性中心社会の矛盾を浮かび上がらせた作品といえる。

総評

後年の溝口健二を特徴づける長回しや移動撮影が確立される以前の作品であり、モンタージュやクローズアップ、切り返しなど、当時の映画で一般的に用いられていた技法が目立っている。具体的な影響が確認できるのが、ヴァルター・ルットマンの『伯林-大都会交響楽』(1927年)だろう。この作品は1928年に日本で公開され、東京の街路を移動する撮影など、具体的な演出の類似も指摘されている。

一方で、人物の立ち位置や建築空間によって社会的な関係を表現する演出には、すでに溝口独自の映画美学の萌芽が認められる。

特に、高台のテニスコートと崖下の長屋を対比させた場面は、貧富の格差を映像そのものによって表現した優れた演出である。

また、芸妓となった道代の悲劇には、男性の身勝手な行動によって女性が犠牲になるという、溝口が生涯にわたって描き続けた主題が明確に表れている。

ただし、物語には偶然の血縁関係に依存した展開があり、社会批判と恋愛悲劇が必ずしも十分に結びついているわけではない。公開当時にも、複数の人物を登場させながら、その関係を十分に描ききれていないという脚本上の問題が指摘されていた。

現存する映像は大幅に短縮されているため、公開当時の作品が持っていた演出のリズムや、人物の心理表現を完全に評価することは難しい。その点を踏まえると、本作は完成度を論じるよりも、溝口がどのような映像表現を経て、後年の独自の映画美学へと到達したのかを考えるうえで重要な作品と位置づけることができる。

余談

ルットマンの都市交響曲的な映像表現と、エイゼンシュテインらのソ連的モンタージュが結びついていると捉えられる。そして興味深いのは、溝口がその後、カットを組み合わせるモンタージュよりも、カットを切らずに空間と時間を持続させる長回しへと傾いていったこと。本作は、後年の溝口とは異なる前衛的な映像表現を試みていた時期の作品としても重要といえる。

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