1980年代の新宿・歌舞伎町。ヤクザとして生きてきた竜二は、まり子との間に子どもが生まれたことを機に、それまでの生活を捨てる。酒屋で働き始めた竜二は、家族と過ごす日常の中に新しい居場所を見つけようとする。しかし、かつての仲間たちとの再会によって、遠ざけたはずの過去が再び身近なものとなっていく。家庭では夫であり父親でもある竜二が、これまで身を置いてきた世界との関係を断ち切れるのか。その揺れ動く姿を追った物語。
演出の特徴 ― ヤクザに見えないヤクザたち
柳楽優弥は雰囲気あるなぁと思ったけど、登場する男たちがどうにもヤクザに見えない。もちろん、ヤクザだからといって全員が強面である必要はない。しかし、これだけ揃いも揃って裏社会の人間らしい凄みが感じられないとなると、さすがに違和感がある。どれだけ威勢のいい台詞を吐いても、所作や佇まいから危険な世界に生きてきた人間の匂いが伝わってこない。衣装や髪型でそれらしく見せても、どこか小綺麗な印象が残ってしまう。時代背景は古そうなので、それはなおさらの事だ。
その点、川栄李奈は逆にしっくりきて、チンピラの女みたいな顔をしている。どこか擦れたような表情にも説得力があり、男たちよりもよほど裏社会に近いところで生きてきた人物に見えるのだから面白い。
水田伸生監督は、昔ながらの任侠映画を撮ろうとしているわけではないのだろう。暴力や抗争の迫力よりも、家族を持った男が過去の世界を捨てきれずに揺れ動く姿に重点を置いている。しかし、その演出が成立するためには、竜二が離れようとするヤクザの世界そのものに説得力が必要だ。そこが弱いと、堅気として生きることの意味も、かつての仲間に引き戻されることの恐ろしさも薄れてしまう。
1980年代から90年代にかけての歌舞伎町を舞台にしているものの、全体としては現代の俳優たちが昭和のヤクザを演じているという印象が拭えない。時代を再現することと、その時代に生きる人間を再現することは別なのだ。
1983年の『竜二』が持っていたのは、役者の巧拙だけでは説明できない生々しさだった。今回の作品は、人物の感情をわかりやすく描こうとする一方で、そうした粗っぽさや危うさが弱まっているように感じる。ヤクザ映画である必要はない。しかし、ヤクザの世界を描く以上、もう少し得体の知れない怖さがあってもよかったのではないか。いや、そんな役者がいない時代なのだろう。



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